シュタイナー教育の教育理念
シュタイナー教育・ドイツ発祥の生きるセンスを磨く教育理念
教育の重きを芸術や精神の充実に置いたシュタイナー教育。しなやかに生きるという言葉が似あう教育法ですがその歴史は1919年にさかのぼります。知育玩具や人形を通してシュタイナーという言葉は聞いたことがありますが、シュタイナー教育とは一般的な教育はどんな理念の教育なのでしょうか?
生きる力、芸術的センスを磨く!シュタイナー教育
おもちゃ屋さんに並ぶおもちゃや人形には『シュタイナー教育教材』などと書かれたものも見かけたり、シュタイナー教育を解説した雑誌コラムなどを通して、『シュタイナー教育』に注目が集まっています。
シュタイナーとはオーストリアの教育家ルドルフ・シュタイナーのことで、彼の教育理念は『シュタイナー教育』と呼ばれています。
シュタイナー教育は一般的な教育とは違う点が多く、シュタイナー教育を受けた子供は芸術的センスがあり、自然に楽しむように生きているようにも感じます。
日本ではあまりメジャーではないように感じるシュタイナー教育ですが、一般的な教育とはどのように違うのでしょうか?
シュタイナー教育の理念とは
日本におけるシュタイナー学校では、『全人的教育』が特徴とされています。シュタイナー教育における全人的教育とは何なのか、また、理念の根底にあるものや基本的な概念は何なのか探っていきましょう。
日本でシュタイナー教育を実践している学校では、子どもたちの学力を点数や成績で評価しません。
学校教育の目的を「年齢ごとの発達に見合った子どもを育むこと」に置いていますので、学力という一点だけに注目するのではなく、意欲や興味、知る喜びといった学習の動機となるものを重視するのがシュタイナー教育の理念です。
この考え方をシュタイナー教育では『全人教育』『全人的教育』と呼び、人間としての総合力を高める作業の1つとして捉えています。そのため、テストや成績といったものが存在せず、初等部や中等部では教科書も使用しません。
教育理念:精神生活を重視する
シュタイナー教育の理念のひとつに、精神生活を充実させることが挙げられます。
元々、ルドルフ・シュタイナーが1919年に学校を開設したときも、労働者と労働者の子弟に求められているのが精神生活の充実であると考えたことがベースとなっていますので、霊的なものに崇敬の気持ちを持つことも幼いころから教えられていました。
とはいっても、シュタイナー教育は何か1つの宗教を教えているのではありません。
『霊的なもの』『聖なるもの』に尊敬の気持ちを抱くために、キリスト教の聖書や日本神話が書かれた古事記などの幅広い宗教教材を採用したりなど、特定の宗教に偏らないような工夫はされています。ですが、シュタイナー教育自体がドイツ生まれの教育ですので、クリスマスなどのキリスト教的イベントを多数導入していることは事実です。
教育理念:社会適応性を身につける
日本におけるシュタイナー学校は、規模が小さく、教師と少人数の生徒が向かい合って学ぶことができるという特徴があります。内向的になることが多いと評価されることもありますが、シュタイナー教育が理念として掲げ目指しているものは、社会適応性の高い外交的な人間像です。
ルドルフ・シュタイナーが目指した教育は、人間の体と精神が内的自由を持ち、自律的になることで、「力強く社会生活に入って行ける人間」を育てることです。
社会から目を背けてしまわないためにも、学校運営は教師と生徒の保護者、シュタイナー教育への賛同者が実施し、特定の政治団体や経済団体との関係を結ばないように工夫されています。
教育理念:自我は7年サイクルで身につける
シュタイナー教育の理念の中では、人間は7年のサイクルで自我を身につけていくとされています。生まれたときは肉体だけが誕生した状態ですが、約7年の時間を掛けて肉体と感覚器官が発育しますので、この時期に体を動かし生活のリズムを付けることで、周囲の大人や親からの影響を体に染み込ませていく事ができると考えています。そして、この時期に、「世界は善であふれている」ことを子どもが理解するように努めます。
次の7年(8歳~14歳の間)では、感情と想像力が成長していきます。その成長を促すためにも、芸術教育に力を入れ、「世界は美しいものであふれている」と感じられるように努めます。水彩画などの美術を通して、美を表現することも学びます。
次の7年(15~21歳の間)では、肉体と精神を結合させて、自分の判断で様々な関係を決定していく活動が重視されます。自己表現を行うことで、「世界は真実であふれている」ことを認識できる教育を行います。この3回の7年サイクルによって、ただの肉体として生まれた人間が、21歳には精神性を身につけた自我を持つ生き物として完成すると考えているのです。
シュタイナー教育の理念を実践することで得られるメリット
シュタイナーの教育理念を実施することで得られる5つのメリットを見ていきましょう。
メリット1.学力偏重主義からの逸脱
『教育』=『学力を伸ばすこと』と考えている人は少なくありません。特に日本では、学力偏重主義の人が多く、子どもの情緒をはぐくむ時間を削ってでも、学力を伸ばすために塾に通わせたり家庭教師をつけたりして、勉強する時間を増やしています。
シュタイナー教育では、学力はあまり重視されません。日本のシュタイナー教育を実施している学校では、高等部(高校課程に当たる)では教科書を用いて大学受験に向けた授業も実施しますが、人間の基礎を形成する時期に当たる初等部・中等部では教科書を用いず、それぞれの生徒が学びたいものを自主的に学ぶエポック授業などを重視しています。シュタイナー教育の理念にあるような、学力だけにこだわりたくない方には適した教育と言えるでしょう。
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メリット2.手先が器用になる
5年生からは工芸、6年生からは園芸と、手先を使用する授業が非常に多く、芸術性を高めるだけでなく手先が器用になります!また、1年生から始まる手の仕事(編み物や刺繍、人形作り等)も、手先の器用さを育てていきます。
メリット3.親が教育に深く関わることができる
シュタイナー学校に子どもを入学させるためには、入学前にも入学後も、保護者自身が何度もシュタイナー理論について学んだり、子どもが受ける教育に関する講義を受けたりしなくてはいけません。ただ単に子どもを学校で学ばせるのではなく、学校教育に親も関わっていきたいと考えている保護者の方には、非常に適した教育法だと言えるでしょう。
メリット4.シュタイナー教育理念のもと、一貫した教育方針で学ぶことができる
日本においてシュタイナー教育の理念を実践している学校では、ほとんどの場合、担任が数年間変わりません。そのため、一貫した教育方針で長期間学ぶことができ、子どもの精神面においても落ち着いた発達が望むことができます。保護者も長い時間を掛けて担任の教師と深い関係を築くことができるでしょう。
- 担任の先生の存在は子どもの学校での生活を大きく変える要素となります。小学校ともなると幼稚園保育園ほど担任との接触頻度も多くないため、限られた機会で担任の先生と良い関係を築く方法やマナーが必要です。
メリット5.テレビなどのメディアに触れずに生活できる
シュタイナー教育の理念では、特に低学年においては、テレビなどのメディアを視聴することは推奨されていません。子どもが常にテレビやスマートフォンの画面を見てばかりになる現代において、視力や思考力を育てるためにもメディアを視聴しないシュタイナー教育は魅力的と考えられるでしょう。
シュタイナー教育・掲げる理念の問題点は4つ
どんな教育法にも良い点と悪い点があるのと同様、シュタイナーが掲げる教育理念や教育にも問題とされる部分が存在します。具体的にはどのような点が問題視されているのでしょうか?
問題点1.学力を伸ばすことが難しい
学力を偏重しない理念がシュタイナー教育の利点でもあるのですが、学力を重視しないあまり、優れた学習能力を持つ子どもであっても、シュタイナー教育を受けていると発揮しにくいという問題点があります。また、美術や音楽、舞踏といった芸術に力を入れた教育理念を実施しているため、どうしても通常の学習を行う時間や機会がなくなってしまいます。
それに加え、初等部・中等部では教科書を使用しませんので、どの程度の勉強をどの時期に行うのが適しているのか、子どもも保護者も把握することが難しいという問題もあります。
教育の成果というものは子どもが大人に成長するまでなかなか評価することはできませんが、もし優れた学習能力を持って生まれてきているなら、学力を重視しすぎないシュタイナー教育はもったいないかもしれないです。
問題点2.学ぶペースが合わないこともある
例えば、一つの漢字を学ぶだけでも、漢字の『形』や漢字から想定される『色』などに長い時間を割きますので、子どもによっては学ぶペースが遅すぎて授業を退屈に感じてしまうことがあります。
授業を退屈に感じてしまうと、私語が多くなったり、授業を聞かないことが普通になったりしますので、学ぶ機会がどんどん減ってしまうことになります。学びとるスピードが速い子どもには不適切な教育理念かもしれません。
問題点3.大学進学に不利になることもある
理念に基づいた独自のカリキュラムを実践していますので、高校3年が終了する時点で大学受験に必要な学力を全て備えられない人もいます。また、初等部・中等部でゆっくりと学ぶことに慣れてしまい、他校に転出しても通常の学習スピードについていけないこともあります。
問題点4.分からない部分がどこか分からない
シュタイナーの教育理念では教科書を使って学習を進めていきませんので、どの部分に子どもが躓いているのか分かりにくいという欠点があります。成績評価も学習上の問題ではなく学習に関する意欲や姿勢について記されますので、子どもがどの程度知識を深め、どこが理解していないかを理解することが難しくなります。
- 子供が勉強しないことを嘆くママパパは少なくありません。子供が勉強したくないと言う気持ちを理解しつつも、意欲をかき立てる方法や勉強に興味を持たせる方法について探っていきます。
シュタイナー教育・学校と教育の歴史
ルドルフ・シュタイナーが提唱した教育芸術を『シュタイナー教育』と呼びますが、オーストリア生まれのルドルフ・シュタイナーは、教育家であるまえに思想家・哲学者でもあります。シュタイナー教育を実践する場を『シュタイナー学校』と呼んでいます。
日本では『シュタイナー教育』と呼んでいますが、他国では1919年に最初にできた学校名から『ヴァルドルフ教育』や英語読みの『ウォルドルフ教育』と呼ぶことが多いです。
シュタイナー学校の誕生
ルドルフ・シュタイナーは、第一次世界大戦によって引き起こされた社会混乱から、人間には精神生活(宗教や芸術、学問、文化などを含む)と経済生活、政治生活があると考え、精神生活においては自由が、経済生活には友愛が、政治生活には平等が必要であると言う『社会三層化論』を唱えました。そして、この理論とベルリンにおいて労働者教養学校で講師として働いた経験から、労働者階級には精神生活を基盤とする充足感が必要だと考えるようになったのです。
シュタイナーの考えに共鳴した実業家エミール・モルトは、自分自身が共同経営者となっているヴァルドルフ-アルトリアタバコ工場で働く労働者の子弟のための学校を開設してほしいとシュタイナーに依頼し、1919年、世界で初めてシュタイナー教育を実践する学校が誕生したのです。
シュタイナーはモルトの依頼を受ける際、4つの条件を提示しました。それは、学校を労働者の子弟に限定するのではなく、あらゆる子どもたちに開放すること、そして、男女共学であること、12年間の一貫教育であること、政や財界からの影響を最小限に抑えることでした。
新教育の広がりと収束
シュタイナーのような新しい形態の教育を実践する学校が、当時のドイツでは多く開講されました。芸術教育を重視する学校なども生まれ、子どもたちに新しい教育を学ばせたいという親も多く育児雑誌においてシュタイナー集まりました。ですが、1933年、ナチスがドイツの政権を獲得すると、ヴァルドルフ学校を含む多くの私立学校は必要性を否認され、強制的に解体されてしまったのです。
第二次世界大戦後のシュタイナー学校
第二次世界大戦後、シュタイナー教育を実践する学校は等比級数的に増加し、20世紀の終わりには世界全体で約780校、ドイツ国内だけでも180校あまりへと数を増やしていきました。自由を重んじた理念で教育をしている点が評価され、ユネスコが認定するユネスコ・スクールに指定されている学校も少なくありません。
日本におけるシュタイナー教育
日本においては、1960年代ころから、シュタイナーの思想・理念が書籍や雑誌で頻繁に紹介されるようになりました。講演会や勉強会が開かれたり、シュタイナー教育を紹介した書籍が文化賞を取ったりするようになりました。
また、1990年代に入ると、育児雑誌においてシュタイナーの教育理念を子育てに活かす方法を具体的に述べた連載が始まったり、ヨーロッパからの輸入知育玩具にシュタイナーの名前が使われたりするようになり、『シュタイナー』という名前が頻繁に聞かれるようになったのです。
シュタイナー教育理念の良いところだけを取り入れるバランス感覚が大切!
シュタイナー教育には、『霊的なもの』や『聖なるもの』という考え方が深く浸透していますので、一見、日本人には馴染みにくい印象があります。とはいうものの、人間は学力だけ優れていれば良いのではなく、人間全体として成長していくことが望まれる存在なのですから、シュタイナー教育の『全人教育』に魅力を感じる人も多いのではないでしょうか。
シュタイナーの教育理念の良い点と問題点を並べてみると、特に学習面においての問題点が多いことに気付くでしょう。学力だけが必要なのではないと言いながらも、やはり子どもの学力面での成長も願ってしまうのが親ですから、学力面における問題を考慮してから、シュタイナーの教育理念の実践について考えてみる方が良いと言えます。シュタイナーの教育理念を盲信するのではなく、良いところを積極的に取り入れていくバランス感覚が大切なのです。